「冒険者のいない国」雑文まとめ

※書きたいところだけ書いています。オチなど無い。


円卓を囲んで集まるのは七人の男女、他よりも意匠の凝らされた君主の椅子に座る女――リヒテンシュタット領属の騎士であった女――が会議の始まりを告げる。


「これより、元ネルベスタ領主、カーウェンベルト処断についての審議を行う!」

 

朗々とした声に雑然と座り込んだ他の六人が居住まいを直す――かのように見えて全然正されない姿勢を横目に、現リヒテンシュタット領主アウレリア公は溜息と共に額を抑えた。

 

「……あの、人の眼が無いとはいえ、一応ここは審議の場であるので……せめて脚を机に上げるのはやめていただけないか、ヘルミナ師」

 

すらりと伸びた長い脚を組んだまま円卓の上に投げ出した魔術師は、片手に持った書類――かつてこの国で行われた裁判記録と、カーウェンベルトと取り巻きの貴族たちの情報をまとめたもので緩い風を起こしながら、喉の奥を鳴らして雇い主を見る。


「いいだろ、審議っつっても堅苦しい貴族連中が好むような社交場じゃねえんだ。ラフにいこうぜ、アウレ」
「しかし、ここは冒険者の宿ではなく……!」
「最初に言われただろう、アウレリア卿。私たちが居る場所は須らく――冒険者の宿になるのだ、と」


依頼人の興奮を宥める青年は、手元の書類に落とした視線を忙しなく動かしていた。

時折気になる箇所があるのか、用意されたペンで細かいメモが記入されては次のページへと移る。胸元に下げられた十字架は、彼が聖北教の一員であることを示していた。


「インディゴ司祭、貴方まで……!」
「重要なのはここで話される中身であり、聞く姿勢はさほどではない」
「最近はお上品な宮廷魔術師を演じてなきゃならなかったんだ、大目に見やがれ」
「もー、ヘルミナの態度が悪いのは今に始まったことでもないし、別にどうでもいいでしょ。ちゃんとソレ読んでよね、俺たち盗賊ギルドが汗水垂らして仕入れた情報なんだから」


暇に飽かせて紙飛行機を飛ばそうとする隣から書類をひったくった諜報員は、手に取った紙の皺を伸ばした。暇つぶしのおもちゃを取り上げられた将軍は非難の声を上げる。


「ホルム、私の最高傑作取らないで! 完璧に長距離飛行の可能な素晴らしいフォルムの紙飛行機が折れたと思ったのに!」
「目の前の純然たる努力の結晶を紙飛行機にしておもちゃにされる身にもなってよ、ペディ! せめて読んでから折って!」
「やだ。眠くなるもの」
「それでも読んで! っていうか読んで寝て!」


不満げに書類を受け取る少女の隣、両目を白く細い布で覆った侍は唯じっと前を向いている。

読み上げられている内容に耳を傾けているのだ、時折肩に立てかけた獲物の柄を指先でなぞっている。


「そのへんにしとけ、二人とも」

 

書類を読み上げていた男が声を掛ければ、先ほどまでの大騒ぎが嘘のように二人が黙する。

君主の右隣に座る隻眼の男――腰に帯剣する白金の剣とは別に、背中に冷気を纏った紫の大剣を背負っている――は視線を上げ、円卓に座る六人を見渡した。


「フィル、ミフネ、あらかた読み終わったか?」
「リーダーの酒に焼けた声でもおおよそ頭に入りましたよ、なるほど確かに腐っている。裁判とは名ばかりだ」
「俺の声が焼けてるのは昨日お前に付き合ったからだろうが。……下される判決はすべて都合の良い。これじゃあ確かに「お遊戯会」とおちょくるのも無理はないな」


依頼主リヒテンシュタット領主から傭兵団隊長、総司令の名を与えられた冒険者。

トラキア帝国内部でも有数の実力者であると噂される「腕のいい便利屋」であるフィルは、大きなため息とともに手元の書類を円卓へ放り出す。


「ですが、今回はそのお遊戯会に私たちが参加しようって話でしょう、リーダー?」
「お前とペディは万が一、貴族共が自棄になって暴徒化した時のために待機だ」
「えーっ、私たちお芝居できないの!? 芸術の都中を沸かせた私たちの演技を見せるべき時じゃないの?」
「観客の見る目が肥えてたらお前らの出番だが、残念ながら今回の聴衆は揃いも揃って節穴だよ」


子供のように頬を膨らませて不満を露にする彼女を無視したフィルは、先ほどから黙ったままのインディゴへと水を向ける。


「いつの日程になったんだ、司祭殿?」
「明日だ。カーウェンベルトへの弾劾裁判を行うと伝えれば、威勢のいいシスターが随分と息巻いていたよ。……随分と素晴らしい領主だったようだ」
「威勢が良い! 逸材じゃねェか、弁の立つヤツには是非とも矢面に立ってもらわねェとな」


次々と繰り出される新しい情報にアウレリアは目を剥いた。


「ちょっ、ちょっと待ってください! カーウェンベルトに弾劾裁判を行う!? 私は初耳ですが!」
「そりゃそうだろ。アウレにはまだ言ってねェからな」


悪びれもせずに言い放った主席導師に対し、彼女は二の句が継げない。

何故主であるはずの己に対する連絡が最後なのか。ないがしろにされている気がするのは気のせいなのか。非難の眼差しを向けるが、皆素知らぬ顔で話を進めていく。


「お遊戯会……この裁判はあくまでも見世物だ。アウレリアの統治を円滑にするためにも、カーウェンベルトには歴史の表舞台から退場してもらわんとな」
「観客は貴族共と善良なる民衆、アタシたちは腐った貴族共から権利をはく奪せし、民たちの意見を代弁する善人であることを忘れるなよ。……時にリーダー? てめえにも一枚かんでもらうんだ、大根芝居を少しは見れるもんにしとけ」
「善処する……」


(弾劾裁判幕間の前日譚)